嗤うSchizophrenia

いつか君の感情を揺さぶる事が出来たならば

私がブログを書く理由。

2018年初のエントリです、どうも健春です。

本当は言いたいことも、書きたいことも沢山あるんです。日々生きる中で、感じたこと考えたこと、新しい(ささやかな)発見など徒然なる想いは止めどなく溢れているんです。そしてそれを誰かに伝えたいという欲もあるんです。だけれども、それを言語化するという作業が苦手なんです。 私がブログ等で何かをエントリした時は、言葉にならない思考をやっとの思いで文章にしてアップしているんです。統合失調症故なのかは分かりませんが、以前より思考を言語化することが苦手になったような気がします。 元々誰かとコミュニケーションをとることより自分の中で色々なことを思考したり想像したりすることの方が得意で、誰かと話したり文章を書いたりすることが嫌いなわけではないのですが、どちらかというと苦手な領域になってしまいます。

そんな私が何故ブログを書いているのかというと、私が生きた証にしたいからです。 私は極端な内向型人間ですが、心のどこかに(注目を浴びたい)という欲があります。そして出来ることならば後世の人々に語り継がれる存在になりたいとも思っています。誇大で尊大な想いなのは重々承知です。しかし、自分の子孫を遺すという欲がない私にとって自分の“名”を遺すことは私がこの世界に生きた証を刻む一つの方法なのです。

私は何故か昔から「自分は大器晩成型だ」と思っていました。何か根拠があったわけではありません。 今はしがない一人の人間。だけれど、いつか私は“何か”になれる。そう信じてこのブログを書いています。