嗤うSchizophrenia

いつか君の感情を揺さぶる事が出来たならば

死にたい。

最近(死にたい)と思うことが多い。寂しくて虚しくて。

この世は残酷だ。どれだけ苦しんだら、この苦しみから解放されるのか。それは恐らく死ぬ時だ。

 

 

生きるとは絶望である。人はその絶望の海を泳ぐ小魚だ。

 

死にたい。

何度思ったか分からないこの言葉を吐き出せずにいる。この言葉を、想いを吐き出すことが出来たなら、楽になるだろうか。

 

しかし、真に楽になる時は死ぬ時だ。

 

私には未だその時は訪れない。ならば、私のすることは一つ。絶望を呑み込んで、そして生きること。絶望の海の中、溺れ続ける。

死にたい。そう思いながら生きよう。

 

生きるとは絶望である。しかし、絶望は時として希望なのだ。