嗤うSchizophrenia

いつか君の感情を揺さぶる事が出来たならば

妄想から吹き出すneed

ふと思うことがある。

私が見ているこの世界は実は私の妄想の世界であり、実際の世界はもっと別の姿をしているのではないか、と。

 

 

ご存知の通り、私は統合失調症患者である。

そんな私が見ているこの世界は、本当に真実なのだろうか。私の視界に写る自室は本当にあるのだろうか。普段接している家族や友人は、本当に存在しているのだろうか。

時折、考えてしまうのだ。

 

人間とは解釈の動物である。

つまり、どんな事象、事物であっても、その解釈に依ってこそ事象、事物が成り立っているのである。それが人間というものではなかろうか。

つまり、人間にとって解釈なしに事象、事物は成り立たない。それは他の動物にはない、謂わば人間の業とでも呼ぶべきものなのではないか。

 

私は解釈をする。そして、私の視界に写るものを成り立たせている。しかし、それが全て妄想でしかないとしたら……。

 

これは一つの問いである。

つまり、貴方の視界に写るものは、本当に其処に存在しているのだろうか。貴方が当たり前だと思っている風景は、本当は当たり前に成り立っているものではないかも知れない。

 

私は統合失調症患者である。しかし、そうではない貴方が見ているその事象、事物は確かなものではないかも知れない。

 

もう一度言おう。

これは一つの問いである。