嗤うSchizophrenia

いつか君の感情を揺さぶる事が出来たならば

世界は想像に於いて補完され得るべきものである。

冷たく硬直した数式ではなく、ね。

 

 

世界の姿は人それぞれ違って良いし、また、そうであるべきもの。もっと言えば、この世界に存在している全て、それ自体が世界そのものと言える。

 

その、世界を画一的に表す“神の数式”など必要ないのだ。全てを知りたいのならば、今すぐ研究所を出て世界と触れあえば良いのだ。

 

太古の昔、世界は想像に溢れていた。それはつまり、未開の地、空白の空間に溢れていた、ということだ。そして、想像とはつまり、世界を知るということであり、それは世界との邂逅、自己の開示である。

 

それを忘れてはならない。