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駆け擦りエロスに後追いタナトス

Blog of philosophy in digital

駄目人間の社会論。

 唐突だが、俺は駄目人間である。

 其の自覚は強弱を問わなければずっと在り、故に其れは事実なのだ。

 

 

 皆さんは駄目人間を“此の社会で”生かしておこう、と思うだろうか?駄目人間の定義は何でも良い。貴方が「駄目人間」だと思う人物像で良い。生かしておいてやろうと思うだろうか?

 そして、『良い社会』とは駄目人間がいる社会だろうか?それとも、いない社会だろうか?

 

 何故此の問いをしたかと言えば、勿論、俺自身が駄目人間であり、其の駄目人間が“社会からいなくなれば良い”ならば、俺の生存意識に関わる問題だからだ。

 そう、此の記事で、俺は駄目人間がいる社会こそ、生きやすい社会である事を書きたいのである。とは言え、堅苦しいのは苦手だ(此れこそ駄目人間の由縁である)。ゆるゆると、貴方を駄目人間の世界に引き込もうと思う。

 

 現在、俺は所謂引きこもりである。一昨日に初詣に行ったのが久しぶりの外出だ。当然、無職で収入なし。前職の頃に貯めた雀の涙ほどの貯金は、底をついて久しい。恥ずかしながら、親の(年金の)脛かじりだ。ただ、まあ、親との関係は悪くない。

 言い訳を一つ。俺は何か統合失調症破瓜型患者故に、障害年金受給に向けて動いている。

 自己防衛のために言っておくが、障害“年金”であり生活保護ではない。つまり年金の支払いは怠ってはいない。(かと言って、生活保護バッシングには反対の立場だが)

 

 社会の“マイノリティ”である事は間違いがないが、此の駄目人間の立場が許されない社会が『良き社会』だと思う方も少なくなかろう。つまり、「働かざる者食うべからず」という事である。

 確かに、働いてはいない。働く気持ちはなくはないが、遮二無二働く気はない。こうやって文章を垂れ流し、いくばくかのお金を頂ければそれが幸せである。此のブログで稼ぐ気は無いが。

 俺は精神障害者であり無職であり、ついでに言えば、パンセクシュアルという解りづらいセクシュアルマイノリティである。“真っ当な”人間から見たら、此れほどの駄目人間はそういないだろう。

 

 俺はそんな駄目人間である自分が好きだ。ナルシシストと言われても構わない。俺は駄目人間であるまま、此の世界で生きていきていくつもりだ。それが俺の生きる途である。

 故に、俺は此の駄目人間の立場が脅かされる様な社会の到来には断固反対する。

 

 駄目人間の立場が脅かされる社会とは、独裁、貧困、差別、そして戦争が跋扈する世の中である。そんな世の中、駄目人間でなくとも生きづらいと思うだろう。

 つまり、其れこそが答えである。

 

 一抹の不安と一筋の希望を添えて。