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駆け擦りエロスに後追いタナトス

Blog of philosophy in digital

私の嫌いな、貴方の男。

俺は男が嫌いだ。ホモソーシャリックな意味ではない。勿論、全ての男が嫌いな訳ではないが、大概の男には嫌悪を覚える。

そして、其の中でも嫌いな男のタイプを“勝負に負けた鮭タイプ”と心の中で呼称し、忌み嫌っている。

『勝負に負けた鮭』とは、どんなタイプなのか?其れを書こうと思う。

 

 

 

自然界では日夜厳しい生存競争が在る。其れは水中とて例外は無い。

秋、鮭は海から故郷の川に帰ってくる。其れは産卵をする為だ。其れは、オスにとってはメスを巡る闘いの始まりでもあり――。と、ディスカバリーチャンネルチックな口上を冗長に続けるつもりは無い。

そして、今回の主役はオス同士の争いに負けたオスだ。彼等は、メスとの“ロマン”を許されない。しかし自らの子孫を遺したいという欲求までを捨て去った訳では無い。そんな彼等はどうするのか?其処に、俺が『勝負に負けた鮭』上記する理由が在る。

勝負に負けたオスは、本命同士の産卵時にこそっと近付き本命のオスがメスの卵に射精をする瞬間に、しれっと卵に射精をするのだ。

 

此れのヒトヴァージョンが、俺の最も嫌いな男だ。勿論、鮭の場合は本能に由る“生存戦略”と言える。全ての鮭に罪は無い。しかし、ヒトはどうだろうか?

いや、此処で言いたいのは、不倫や浮気がどうの、という話ではない。

まず、ヒトの世にも(いや、ヒトの世だからか?)、生得的(或いは其れに近い)に性的魅力に差がある、という事。

 

というか、単に俺がこのタイプとは“天敵”に当たるタイプなのだろう。後天的な、或いは習得的な“何か”では無い何かで、もうくっきりと分かれているのだと思う。

 

 

最後に懺悔を。

恋愛について書こうと思い立ち、筆(スマホ)を取ったが、何だか攻撃的な記事になってしまったかも知れない。

しかし、俺の言いたい事は攻撃に非ず。人各々分相応というものが在り、それをまず弁える処から克己というものが始まるのではないか、という事で、其れは俺も同じである。

材料にした処は悪かったのかもしれないが、まあ、一つの駄記として見なして頂ければ、此れ幸い。

僅かながらの羨望を記して。