嗤うSchizophrenia

統合失調症持ちの考えごとブログ

小児性愛は無条件に否定されるべき事象では無い。

http://tkeharu068.hatenablog.com/entry/2016/08/26/121533
http://tkeharu068.hatenablog.com/entry/2016/08/26/121533

 

今回だけ、感情論を容赦下さい。

私の過去。恐らく、男は小児性愛者だったのだろう。惨めな男なのだと思う。許す気はない。

 

 

 

大学生だった私は、ある時ふと、(自分は小児性愛者なのではないか)と思った。何となく思った其の意識は、歳を経る毎に私の心に重苦しく乗し掛かり、今に至るまで私の性の根底にこびり付いて離れない。

勿論の話だが、其れを実行しようとした事も無ければ、実際の行動に移した事もない。断言しておく。

 

小児性愛者が社会に於いて、どう捉えられるか、どんな立場に居るのかは理解している。決して好意的に受け入れられない事を。

私は、親しい友人にのみ其の事を打ち明けた事がある。愉快な感情など芽生えなかった。

 

私は、私の性が憎い。何故、私は小児性愛などに目覚めたのか。気付いてしまったのか。

そして、どうしてあの男と同じになったのか……。私の自尊心を踏みにじった人間と。

此の辛苦と葛藤は、誰にも理解されないだろう。分かって欲しい、という願いはあるけれども。

 

私は、成人女性の代替として未成年者に意識が向いているのではない。

私の性は、あの時に凍り付いた儘だ。

其の私が、小児性愛のファンタジーに退避する事は、許されざる事なのだろうか……。

其の答えは、恐らく無いのだろう。

 

しかし、昨今の小児性愛を十把一絡げに「反社会的」「性的犯罪」「人権侵害」と裁定、断罪する風潮には深甚な恐怖を覚える。

完全な主観だが、其の様な風潮に恐怖を抱くのと女性やLGBTに対するヘイトに恐怖を覚えるのとでは、決定的な差異など介在しないのではないか。

 

小児性愛者が、性犯罪を犯した、虐待に類する行為を引き起こした……。

其れは、反社会的な性愛がどうの、異常な性志向、性癖がどうの、という観点と切り離して論ずるべきだ。

何故ならば、反社会的かどうか、異常かどうかは、誰かが定義し規定する"正義と邪悪"だからだ。

 

許されざるのは、人格破壊や人権侵害を行う事柄と其れを実行する者であり、異常、反社会的とされる意識を内包する人物ではない。其の様な人物そのものを糾弾、排除する事こそが、社会の病理の発露ではないか。

性産業の問題を提示するのならば、其の産業に関わるあらゆる人の意識と方法であり、其の産業がどう分類され、どの様な影響を発生させるかではない。

 

最後に、私は小児性愛者の"味方"ではない。私自身が感じる恐怖と憤怒を表明しただけだ。

小児性愛者にしろLGBTにしろ、男にしろ女にしろ、意志や矜持を示さなければ社会的に淘汰されるのだ。

だから私は私の感情、思考を以信伝言する為に生きている。

 

 

ーー願わくば、此の世界が多種多様な幸福な性で満たされる事を。