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駆け擦りエロスに後追いタナトス

今日の貴方は昨日の私

自を以て生きよ

雑記

他者の人生に受動的否定を以て介入する人間は、自身の人生を生きる事が出来ていないのだ。

 

 

何故ならば、自己という存在を認知出来ないからである。

自己への不認知的霧散に依って、自他の境界が認識できず、自も他も同一存在であると思い込むのである。そして、その枠内にいない人間に対して自己への脅威とみなし、否定という攻撃を浴びせるのだ。そうしなければ、 生を繋ぎ止める事が不可能なのである。

 

右にしろ左にしろ、男にしろ女にしろ、その他にしろ、他人の言動に過剰なまでの否定的反応を発露させるのは、自己の喪失に怯えているのだ。自己が弱小なのである。

故に、社会の為、国家の為、マイノリティの為、と尊大な看板を掲げる事でしか、自己の主張を展開出来ないのだ。しかし、それは欺瞞的な自己防衛でしかない。自らの意志、信念、矜持を根源とする主張は出来ないのである。

 

しかし既に、何もかもが危うい時代に突入しているのだ。今までに信じられてきたイデオロギーアイデンティティは、崩壊するのである。否、崩壊の最中にある。

この期に及んで、所属や志向で自他を視、語っていては、何も出来ない木偶に成るだけだ。

これからは、絶対自己の時代である。

自己の確立が出来ないのであれば、それは生きているとは言えないのだ。