嗤うSchizophrenia

いつか君の感情を揺さぶる事が出来たならば

楽成り時。

この世界に、善悪や正異は何処にも存在しない。

 

 

命など体内に内包していない。この世界に存在するのだ。死して死を知るのならば、生きて生を知れば良い。そして、生も死も、本質としては同義である。

故に、死を視ないならば生は見えぬし、生への覚悟が無ければ死への矜持も存在しないのである。

 

善と悪が無ければ、人間は自由である。其れは生も死も同じ。秩序とは呪縛であり、混沌とは解放である。

そして、秩序とは混沌の内に存在する嗜虐性でしか無い。全ては混沌から産まれ出でて、混沌に抱かれ還るのである。

その全ては、巌然として存在する世界の摂理である。善悪や正異ではない。その全てを包含する事が真に人たらしめるという事である。善悪を奉じてはならぬ。正異を裁定してはならぬ。それは、自他への嗜虐である。

 

この世界の全ては自由である。それを覆してはならぬ。